先日のビジネスセミナーで講演したビジネスコーチのPAULさんはミュージシャンでもあり若かりし頃、NYから車で3時間ほど離れたところでライブをし、その後バスでNYへ帰ろう、、としたそうなのですが、なんとお財布には6ドルしか入っていなく、カードはあってもバスではカードは使えなかったとのこと。
どうしようか、、、と考えた末、かれはヒッチハイクをしてNYに戻ることに決めたそうです。(これはNYでも違法とのこと。当時、若くしてそのことを知らなかったとこのと。決してまねはいけないのですが、、)
ハイウェイでギターを演奏しながら、とまってくれる車を何時間も待ってみたものの誰も止まってくれずに、暑い中でついに喉がからからになってしまったそうです。
そして少し止まって考えたそうです。
今の自分には二つの選択しかない。
ひとつは車にのせてもらってNYへ行く
もう一つは、歩いてこのままNYへ行く~水もないし、遠すぎて無理である
絶対にヒッチハイクを成功させなくては、、と気づき
そして考えを改めたとのこと。
自分はナイスガイである
誰の事も傷つけはしない
と、突然ふと満たされた気持ちになって
新たな気持ちでハイウェイを歩き始めたのだそうです。
そうするとなんとその10分以内に、9台もの車がPAULさんのために止まってくれたとのこと。
これにはPAULさんが一番驚いたそうです。
今まで何時間も待っていても1台も止まってくれなかったのに、、と。
9台とも行く方向が違っていたり、、だったそうですが、10台目の車でNYへ行く車に飛び乗った、、、とのこと。
そしてPAULさんは、そのときの決断が間違っていたかもしれない。
だけれども、自分で一度そう決めたのだったら、そのために行動するしかない。プランに向かって実行しなければならないと、、。
そして、同じ状況下でも、人はネガテイブにもポジテイブにもなれる。
すべて自分で選べること。
だったら、いつも前向きな明るい気持ちで行動していこう!
とステキなメッセージをくれたのでした。
そして思えば、私がワーキングホリデーでオーストラリアに来てダイビングのインストラクターになったばかりの時、私は何としても日本人スタッフがいない英語の環境でオージーの会社でダイビングのイントラとして働きたかったのでした。
そして、一番最初に履歴書を出したオーストラリアのクルーズ会社から電話があり
君はオープンウォーターのコースを英語ですべてできるか?
という質問が、、。
そのとき、オーストラリアにきたばかりで日常会話程度の英語力だった私は
できない、、、と答えざるをえませんでした。
ダイビングは人様を海の中、水中に連れて行く仕事であり
とても責任のある仕事です。
しかも4日間も英語でのコースとなるととても”はい”
なんて返事ができなかったのでした。
その後、他のクルーズ会社で仕事も決まりましたが、当時、私の中では
英語の環境で働く!
という強い意志があり
ケアンズには日本語が飛び交っていたので
当時日本人がほとんど住んでいなかったポートダグラスへ引越し
英語の勉強をコツコツとしていたのでした。
その1年後、同じ会社に履歴書を出し、ダイビングを英語で指導できるようになり、見事、その会社での仕事をGETでき、はりきってはたらいていたので、仕事ぶりをみとめられ、その後のビジネスビザまでスポンサーしてくれたのでした。
あの時、海外で英語でダイビングインストラクターとして働く!と決めて
そのために行動したのだったな~とPAULさんの話を聞きながら思ったのでした。

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