Colour Talks

ケアンズに7年、メルボルンに来て2年が経ちました。ダイビングインストラクターを経て、今はカラーアナリストとして、カラーを通してお会いできた方をHAPPYにしたいと毎日わくわく過ごしています。 カラーに関することの他にオーストラリアでの生活やふと感じたことなど書き込んでいきたいと思っています。

Tuesday, November 28, 2006

ふと目にした中谷彰宏さんの本に

外国へ行って言葉が通じなくて困ることがあります。
そういうとき困りながらも感動します。
言葉が通じ合わないのになんとか話しあおうとしているからです。

と書いてありました。

そして、22歳の時に一人でいきなりブラジルに旅をした時のことを思い出しました。
ポルトガル語も話せなかった私。
ブラジルの後にグランドケイマンに寄ってダイビングをする予定だったので、重~いダイブ器材を運びながらの旅でした。

サンパウロから入り(日本人街など観光)
サルバドール(アフリカ移民の街、カーニバルを体験)
マナウス(アマゾン川3日間体験をしました。)
イグアス(イグアスの滝)
リオ・デジャネイロ(リオのカーニバルも見ました。)

一人で周ったのですが、サンパウロではタクシーの運転手さんがとてもよくしてくださり、安い療金で色々と連れていってくれました。

サルバドールではシンガポールの新聞記者の人と会い、一緒に観光しました。
またサンパウロに住む日系のお医者さんとも知り合い、日本に帰国後もお手紙をよくくださいました。

マナウスではドイツやイスラエルの人々と同じツアーに参加し、ピラニアを釣ったり、外でハンモックで寝たり、アマゾン川に入ったりながらとても貴重な経験ができました。

イグアスでは、イグアスの滝を見たあと、一人でパラグアイまでバスを乗りついで行ってしまいました。

リオでは、モノレールを待っている時に、サントスから来ていたブラジル人の姉妹に出会い、トイレの場所を聞いたことから、友達になり、リオでの4日間一緒に行動していただきました。

二人姉妹はポルトガル語のみしか話せず、私はポルトガル語を話せず、身振り手振りで一生懸命話をしたのでした。ポルトガル語も話せないのにいきなりブラジルに行っている自分にもびっくりでしたが、話す気持ちさえあれば、なんとでもなってしまうものだ、、、と感じさせられた旅行でした。

もちろん、ブラジルは治安もいいわけでなく、十分に気をつけなければなりません。
こんなところに一人で来て~と地元の人にも驚かれました。
言葉が通じていないのに、曖昧に返事をしてしまうこともいけません。

オーストラリアも一応外国なので、十分気をつけて、身を引き締めながらも、せっかくの外国ですので、言葉が通じなくても、どうせ英語話せないから、、とあきらめてしまわないで、ぜひ交流を楽しんでいただきたいな、、と思います。(お手伝いできることがあったらお手伝いします)

オージー達もとてもフレンドリーなので、少しくらい通じなくても、話しかけられたことに喜んで色々と教えてくれます。

色々な国に行ってみて、やはり一番思い出になっているのは、現地で出会った人々のように思います。言葉が通じなくても一生懸命理解しよう、、とする姿勢が大切なのだな~とつくづく感じたのでした。