Colour Talks

ケアンズに7年、メルボルンに来て2年が経ちました。ダイビングインストラクターを経て、今はカラーアナリストとして、カラーを通してお会いできた方をHAPPYにしたいと毎日わくわく過ごしています。 カラーに関することの他にオーストラリアでの生活やふと感じたことなど書き込んでいきたいと思っています。

Wednesday, December 13, 2006

先日の日野原重明先生の講演会に参加させていただいてから、すっかり先生の大ファンになってしまい、その時に購入したサイン入りの新生き方上手をリビングのコーヒーテーブルの棚に置いては眺めている私でした。

日本語の素敵な本に出会うと、いつも夫のマイクにも読んで欲しくなってしまいます。
彼は英語ONLYなので、先生の講演のことや、本のことを少しでもマイクにも伝えたい、、と説明しているので、マイクにもすっかりお馴染みになりました。

そして、先日の先生のお話で、先生が10歳の時に一時期、運動を出来なくなったことがあり、その時にピアノを習うことができたり、また22歳の時に結核にかかり、8ヶ月もの間高熱が続いてしまったことがあるそうなのですが、そのためにピアノでの作曲を独学で勉強することが出来た。その時は運動も出来ず辛かったが、その経験があったからこそ後、医療に音楽療法を取り入れることができたのだそうです。

何か挫折の経験があるからこそ、新しい生活をはじめるきっかけになり、自分の境遇がそのときよくなても、生き方や精神的な部分を変えれば良い方向に変わっていく、、、というお話もとても印象的だったのでした。

そして、私が一人でメキシコに就職活動に行って、ここで働きたい、、と目覚めてしまったコスメルに今度はマイクと行った時、キューバからメキシコに行く時の飛行機で耳の調子がよくなくて、コスメルでは船で働きながらダイビングを思い切りするぞ~と張りきっていたのに、しばらくの間水に入れず、ダイビングができなかったのです。

その時はどうして~~~!!と思っていたのですが、そのおかげで、その時に泊まっていたコテージのヨガクラスに参加することになり、アルゼンチンの先生がヨガを教えてくれました。

それが私とマイクにとってはじめてのヨガになりました。

初めてなのに、2時間以上もぶっつづけの上級者向きのアシュタンガヨガで、とても激しくおどろいたのですが、そのあと、オーストラリアに戻ってからもヨガは続いてて、今メルボルンでインド人のヨガの先生に会い、ヨガを教えてもらっているなんて不思議です。

今思うとあの時、耳が痛くてダイビングできなくなったのは、私のするべきことはずっとメキシコでダイビングをするのではなかったのかもしれません。

消防士になるのが夢だったマイクも、消防士への道は決して簡単なものではなく、挫折も味わったからこそ、ちょっと時間がかかっても結局は、あきらめずに頑張ったおかげで、消防士としてよりハッピーなポジションを手にすることができました。

大変なこともあると思いますが、どんなことも、与えられたギフトだと思い、感謝していきたいな、、と思うのです。